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モン・サン・ミシェルとその湾

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Mont Saint-Michel, one of France's most recognisable landmarks

大天使聖ミカエルに捧げる聖なる山モン・サン・ミシェル

モン・サン・ミシェルは、フランスのノルマンディー地方とブルターニュ地方のちょうど境界線にあるクエノン川の河口付近に浮かぶ小さな島である。面積は7ヘクタール、島の周囲は約960m、最も高い所は海抜92m。潮の満ち引きが激しい島で、時期や天候によって干満の差が15mも変化することがある。この島は、もともとケルト民族が暮らすモン・トンブ(墓の山)と呼ばれる聖地だった。6世紀頃には2人の僧侶が住み着き、それぞれが教会を建設したと言われている。

708年、モン・サン・ミシェルの北東26kmの位置にあるアヴランシュという町にオベールという司教がいた。彼の夢に大天使ミカエルが現れ、モン・トンブの頂上に自分の名を冠した聖域を作るよう告げた。オベールはこのお告げを怪訝に思い無視していたが、翌日の夜もミカエルが夢に現れ同様に聖域を作るよう告げた。海に囲まれた岩山に聖域を作るのは大変だと考えたオベールは再び無視をした。すると3度現れたミカエルはすぐに実行しようとしないオベールに業を煮やし、彼の額に指を押し当てお告げを繰り返した。翌朝オベールが起きると、ミカエルの指があたっていた所に穴が空いていたことに驚き、やっと動き出したのだった。

Façade of Mont St Michel Abbey and its spire with St Gabriel slaying the dragon

オベールはもともとあった宗教的な遺物を撤去し、大天使ミカエルが最初に西欧に現れた場所だとされているイタリアのモンテ・サンタンジェロにあるサン・ミケーレの聖域をモデルに石でできた円形の聖域を作らせた。オベールはサン・ミケーレの聖域に二人の修道士を派遣。彼らは現地の修道院長より大天使ミカエルの赤いマントの一部と彼の足跡が残った岩の断片を貰い受け、それらを聖遺物として教会に納めた。
この最初の教会建築の遺構はノートル・ダム・スー・テール聖堂で一部見ることができ、オベールの頭蓋骨は、アヴランシュのサン・ジュルヴェ・バシリカ教会で公開されている。

966年、周囲の王たちからの多大な寄付によって、急激に富を得た修道士たちは、そのお金を自分たちの快楽を満たすために使い堕落した生活を送っていた。
ノルマンディー公リシャール1世は、昔の修道院の姿に戻すため、教皇ヨハネス13世と西フランク王国の国王ロテールの承認を得て、もともといた修道士を追い出し、ベネディクト会の修道士と入れ替えた。この年がモン・サン・ミシェル修道院の設立年となっている。
ベネディクト会の修道士たちは、多くの写本や書物を作成し、モン・サン・ミシェルは「書物の街」と呼ばれるようになった。

巡礼者が増えるにつれ最初の教会が手狭になった。ノルマンディー公リシャール2世の命により、1023年から1080年にかけて、ノルマンディー地方にあるフェカン修道院の設計をしたイタリア人建築家ギヨーム・ド・ヴォルピアーノが改築を行った。
ヴォルピアーノはノルマンディー・ロマネスク様式(ノルマン様式)の重たい石の重量に耐えられるように、4つの地下礼拝堂を作り、その上に大きな修道院教会を建設した。

1204年、フランス国王フィリップ2世がイギリスからノルマンディーを奪還した際、放った火が修道院・教会に大きな被害を与えてしまったため、修道院の再建のため彼は多額の寄付をし、教会堂の北側に新しいゴシック様式による「ラ・メルヴェイユ(驚異)」と呼ばれる3階建ての建物を築いた。

14世紀、百年戦争の最中、モン・サン・ミシェルを守るために軍事施設が設置され約30年に及ぶイギリス軍の包囲網に耐え抜いた。3kmほど離れたトンブレーヌ島は、イギリス軍の拠点だった場所で、当時の遺跡が今も残っている。イギリス軍の包囲網の中で修道院教会のロマネスク様式の内陣が崩壊。戦後、フランボワイヤン・ゴシック様式の内陣に改築された。

16世紀、ヨーロッパで宗教改革が進むと、モン・サン・ミシェルは巡礼地としての名声や人気を失い、フランス革命が始まる頃には修道士はほとんどいなくなっていた。1791年、修道院は閉鎖。1793年には共和制に反対する聖職者を収容するための牢獄に改築され、「海のバスティーユ」と呼ばれるようになった。
1863年まで囚人を収容していたが、ヴィクトル・ユーゴーらフランスの有力者たちの働きかけにより、フランス第二帝政の皇帝ナポレオン3世は牢獄の閉鎖を決定した。1874年に歴史的建造物に指定され修復工事が始まった。1896年、ネオ・ゴシック様式の尖塔が付け加えられ、その頂には大天使ミカエルの彫像が設置された。

1979年、歴史的価値、自然と人工の美しさ、建築的意義が評価され、世界遺産に登録された。さらに1998年には「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」としても世界遺産に登録された。

回廊

The cloister - Mont St Michel

回廊は、1212年から1228年にかけて建てられた「メルヴェイユ」の最上階に位置し、修道院の様々な建物をつなぐ連絡通路になっている。また、ここは修道士たちの祈りと瞑想の場でもあり、宗教的な儀式がある際には、ここで執り行われていた。

食堂

Refectory - Mont St Michel

メルヴェイユの最上階、回廊の西側にある食堂。この部屋では毎日修道士たちが、聖ベネディクトゥスの戒律に従い完全な沈黙の中で食事をとっていた。食事中に聞こえるのは福音書を読む担当の修道士の声だけだった。

修道士の食事はシンプルで野菜を主食としていた。ベネディクト会は「清貧」を誓っていたので、肉は基本禁止されていて、年に一度クリスマスの時のみ鶏肉を食べることが許されていた。

騎士の間

Salle des Hôtes - Mont St Michel

騎士の間は、メルヴェイユの2階、回廊のちょうど真下に位置し、「スクリプトリウム(Scriptorium)」とも呼ばれ、修道士たちが神学や、哲学、数学、歴史学などの書物を作成するための部屋だった。
当時、1冊本を作るのに約1年の時間を要し、ほぼ裕福な人しか買うことができなかった。故に当時、貴族や商人たちは自分の社会的地位を証明するために本を購入していた。

また、この部屋は王や聖ミカエル騎士団の団員が巡礼に訪れた際に使用された。しかし、パリから遠く離れていたため、聖ミカエル騎士団が来ることはほとんどなかった。

サン・ピエール小教区教会

Église Paroissiale Saint-Pierre - Mont St Michel

11世紀に建てられ、15〜16世紀に改築された漁師の守護聖人である聖ペテロに捧げられた教会。入り口には大天使ミカエルのお告げを聞き、フランスを勝利に導いたジャンヌ・ダルクの像が置かれている。

サン・オベール礼拝堂

Chapelle Saint Aubert

サン・オベール礼拝堂は、モン・サン・ミシェルの北西端の岩場にある小さなカトリックの礼拝堂である。
切妻屋根で覆われ、屋根の上には聖オベールの像が飾られている。内部には聖母子を気に描いた祭壇があり、側面にはアーチ型の小さい窓があり、日中は光が差し込むようになっている。
このロマネスク様式の建物は、12世紀頃、ロベール・ド・トリニ修道院長のもと、アヴランシュの司教だったオベールに敬意を表して建てられた。

モン・サン・ミッシェルとその湾の登録基準

登録基準(ⅰ)
モン・サン・ミシェルは、敷地と建築のユニークな組み合わせにより、独自の美的成功を収めている。

登録基準(ⅲ)
モン・サン・ミシェルは、小さな島の中に修道院と要塞化した村が共存していること、そしてその忘れがたいシルエットに調和した建物の配置の独創性から比類ないアンサンブルを形成しています。

登録基準(ⅵ)
モン・サン・ミシェルは、中世キリスト教文明の最も重要な遺跡のひとつである。

モン・サン・ミッシェルまでのアクセス方法

France-003143B - Back in Paris

日本からパリまでは、エール・フランス、日本航空、全日空が直行便を運行している。所要時間は12時間40分。パリからモン・サン・ミッシェルまでは車で4時間、鉄道とバスを乗り継くと3時間30分ほどかかります。

TGV+バス
パリ・モンパルナス駅からTGVでレンヌ駅まで行き、そこからモン・サン・ミッシェルまでバスが出ている。
TGVの到着に合わせてバスの出発時刻が設定されているので、待たされることはないが、9時45分、10時45分、11時45分の1日3便しかない。帰りも11時20分、16時、18時と3便のみ。

レンヌ駅以外にもポルトソン駅、ドル・ド・ブルターニュ駅からもバスが運行している。
乗り継ぎ等不安がある場合は、パリ発のツアーに参加した方がベター。TGVを直前に予約するなら料金もさほど変わらない印象。

モン・サン・ミッシェルのホテル情報

モン・サン・ミシェルのホテルは10,000円〜40,000円くらい。

オーベルジュ サンピエール
オテル ラ クロワ ブランシュ
ル・サン・オベール
オテル・ヴェール

モン・サン・ミッシェルまでの旅の予算

ツアー代金は、5〜8日間で150,000〜400,000円くらい。

個人旅行の場合

往復航空券
直行便:羽田→シャルル・ド・ゴール空港(14時間55分)/エール・フランス
=310,000円

乗継便:羽田→シャルル・ド・ゴール空港(18時間35分)/ ターキッシュ・エアラインズ
=210,000円

宿泊代
4泊:10,000✕4=40,000円

現地ツアー代金

モンサンミッシェル日帰りツアー <日本語オーディオガイドまたは英語ガイド>(150EUR)/ Veltra

パリ発:モン サン ミシェル 1日 ガイドツアー(139EUR〜)/ Get Your Guide

合計270,000〜(参考価格)

※燃料費の高騰や為替相場の変動などにより、価格が変更されることがよくあるので、金額はあくまでも参考程度にお考えください。

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